2007年01月28日

話題のイジメ

最近話題のイジメですが、デリケートな問題と思います。
一番問題なのは、「いじめてる側」が、明日には「いじめられる側」になる可能性があることなんじゃないかと。
つまり、理由なんかないのではないかと、そう思うわけで。
殴ったら痛いのを知っているのは、殴られたことがある人だけ。
でも、たいていの人は殴られたら痛いことを想像できるだろう。
だから、むやみに人は人を殴らない。
この想像力が、実は一番大事なのではないかと思う。
大人も同じ。罪を犯したらどうなるか想像できる人は、罪を犯すことを恐れるだろう。
もちろん、普通の精神状態であることと仮定しての話だけど。
いじめられた側の気持ちを想像してみることが出来れば、いじめないのではないかと思う。
「いじめられる方にも問題があるのでは?」なんてバカなことを言うヤツがいるが、有り得ない。
なぜなら、殺人者がいない限り、殺人被害者は出ないから。
たったそれだけの、単純な話です。
賛否両論ある、いじめに加担した生徒の出席停止について。
出席停止が良いか悪いかは別として、他人に嫌な思いをさせたら、ちゃんとその責任を取らせるべきに思う。
マスコミは、教育委員会やら学校長やら被害にあった子の親に取材に行くだけ。
当事者は、人を殺してしまった意識があるのかどうか、その後、加害者側の親にはどんな指導をしたのか、当事者である子供にはどういう指導をしたのかなど、問題の解決に一役買おうという姿勢もみられない。ただ単に、叩くだけ。
これだと、いじめて人ひとりを殺してしまっても、問題にされて叩かれるのは学校と教育委員会だけって考える子供がいても不思議じゃないんじゃないかな。
つーか、そう思って当たり前な気がするな。だってさ、いじめしちゃうような子なんだから。
やっぱ、子供だろうと大人だろうと、犯罪を犯したら何かしらの責任を取らせないと。子供だからこそ、理解させておかなければいけないことなんじゃないかとも思うし。
昔の先生は怖かったな〜。

学校には全面的に非はあるんだろうか?
教育の現場は、学校だけなんだろうか?
家庭や地域などは、教育の現場ではないのだろうか?
「しつけ」は教育の一部?学校で教える事?家庭で教えること?
もう一度、自分も良く考えないといかんな・・・

阿倍君さぁ、愛国心の教育を義務付けるまえにさぁ、道徳心をもっと育てる方向でいこうよ!
憲法九条を改正する前に、平和っていうのが何なのか、教育指針に盛り込みましょうよ!
イラクで何が起こっているのか、戦争の原因は何だったのか、そして、その解決方法は何なのか。
もちろん、イラク戦争の実態についての教育も、義務化の方向で。
無差別に殺されたからという理由で無差別に殺し返すのと、いじめられたからという理由でいじめ返すのは、いったいどう違うのかっていうことも、大人が説明できない事を子供に教えられるかっていうことも、きちんと考えてほしいです。

やっぱね〜〜〜大人が全部悪いんよ。
ほんと、大人はウソつきだからさ。
posted by moezo at 02:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。